36.AI時代に「手で書く」意味
筆記体と漢字の消滅が脳を老けさせる? ~筆記体と漢字の行方~
先日、ある中学生が英語を筆記体で書けない場面に出くわしました。驚いて理由を尋ねてみると、「今の公立中学校では筆記体を教えていない」とのこと。思わず「えっ、本当に!?」と声が出てしまいました。
気になって調べてみると、アメリカでも2010年以降、学校で筆記体の授業は行われていないという事実が。半世紀前に英語を学んだ私にとっては、まさに衝撃でした。
■ なぜ今、「手で書く」ことに注目すべきか?
最近では、スマートフォンやパソコンが普及し、文字を「手で書く」機会が減っています。日本でも、漢字を自分の手で書くことが少なくなり、「いざ書こうとすると思い出せない」という経験をした方も多いのではないでしょうか。
実はこの「手書き文化の衰退」が、記憶力や注意力、そして認知機能の低下につながる可能性があることが、複数の研究から指摘されています。
海外研究
筆記体を書くことで脳が活性化する
ノルウェーの研究では、筆記体を書くときに頭頂葉や前頭葉、運動野などが同時に活性化し、記憶形成や情報の整理、創造性の向上に良い影響を与えることが示されています。
Askvikら(2020年)は、筆記体を書くと「シータ波」と呼ばれる脳波が活発に出現し、これは記憶や学習に適した状態であると報告しています。また、「ガンマ波」という脳波の変化が創造的な思考や実行機能とも関係することがわかりました【Askvik et al., 2020】。
日本の研究
漢字を書く力と脳の健康
日本においても、「漢字を書くこと」が脳に良い刺激を与えることが分かっています。たとえば、川島隆太氏らの研究では、漢字の書き取りや音読によって前頭前野の血流が増加し、記憶力や注意力が改善したと報告されています。
さらに、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー型認知症(AD)の患者さんの「漢字を書く能力」が低下することも確認されています。
林ら(2015年)の研究では、軽度アルツハイマー型認知症では漢字の書き取り能力が低下し、軽度認知障害患者でも物語を書く課題では成績が低下することが示されました。特にアルツハイマー型認知症患者は、《正しい漢字を思い出せない「想起エラー」や、形の崩れた字を書く「周辺エラー」》が多く、これらが認知機能の低下と関連していると考えられます【Hayashi et al., 2015】。
■ 私たちの医療現場でも感じる変化
以前は、紙のカルテに筆記体で走り書きをする時代がありました。「これ、何て書いてあるの?」と読めない文字に苦労したことも。しかし、今では生成AIが患者さんとの会話を自動で記録し、要約までしてくれる時代になりました。
とても便利ですが、筆記体を使わなくなり、漢字を書く機会も減っている今、「書くことが脳に与えていた良い影響」も失われているのでは・・・という不安を感じることがあります。
■ 書くことで、脳を元気に保つ
研究からも、筆記体や漢字を書くことで脳の前頭葉や連合野が活性化し、認知機能の維持や物忘れ予防に効果があると分かってきました。「書く」ことは、単なる記録ではなく、「脳を鍛えるトレーニング」でもあるのです。
今日からできる「手書き習慣」
● 漢字を日記やメモで書く
● 手紙を手書きで書いてみる
● 音読しながら、漢字を書き取る
「最近、物忘れが気になる・・・」という方も、手書きの習慣を取り入れることで、脳が活性化し、認知機能の維持や将来の認知症予防につながります。
便利な時代だからこそ、「手で書く時間」を大切にしてみませんか?
参考文献
Askvik, E., Van der Weel, F. R., & Van der Meer, A. L. H. (2020). The importance of cursive handwriting over typewriting for learning in the classroom: A high-density EEG study of 12-year-old children and young adults. Frontiers in Psychology, 11, 1810.
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.01810Hayashi, A., Nomura, H., Mochizuki, R., Ohnuma, A., Kimpara, T., Suzuki, K., & Mori, E. (2015). Writing impairments in Japanese patients with mild cognitive impairment and with mild Alzheimer’s disease. Dement Geriatr Cogn Disord Extra, 5(3), 309–319.
https://doi.org/10.1159/000437297
脳神経外科 / 副院長 川西 昌浩