29.フレイル・サルコペニアについてあれこれ

フレイル・サルコペニアについてあれこれ
-簡単な説明から“せぼね”の病気・手術との関連まで-

 

「フレイル」「サルコペニア」という言葉が一般的に用いられるようになり、みなさんもサプリメントの通販テレビコマーシャルなどで一度は耳にされたことがあるかもしれません。
今回は、「フレイル」「サルコペニア」の意味とその重要性ついて簡単に説明するとともに、われわれ「チーム脳外」が日常的に診療させていただいている“せぼね”の病気・手術との関連性についても少し触れたいと思います。

■「フレイル」ってなに?

「フレイル」はこれまで日本語で「虚弱」と言っていた状態を示す英語の「Frailty (フレイルティ)」から派生した和製英語です。さらに、これまで「未病」(未だ病にいたらずとも健康ではない)と言われていた状態と同じ意味と捉えても良いかもしれません。

ヒトは加齢とともに体のあちらこちらが弱ってきて、若い頃のような活動が難しくなっていく、さらにはさまざまな病気になりやすくなっていくのは当然です。
脳卒中(脳梗塞、脳出血やくも膜下出血)になって手足の動きが悪くなる、言葉がしゃべりにくくなるといった後遺症が残ってしまった場合、その程度によっては介護が必要な状態(要介護状態)となります。
これは「病気」のために身体的活動が制限される典型的な例ですが、「フレイル」は健康な状態からそのような状態に至るまでの中間的な状態とも言い換えることができます。同じ80歳代の人でも「若々しくお元気そう」に見える方がおられる一方、ご年齢相応で「やや弱々しく」みえる方もおられると思います。後者の方は前者の方に比べて「フレイル」の程度が高いと表現しても良いのかもしれません。
フレイルの程度が高い方は、その程度が低い方に比べて通常介護が必要な状態とならないような比較的軽い病気 (例えば軽い肺炎などの感染症)にかかった場合にそれを契機に要介護状態となりやすく、さらにそこから自立した状態に回復するのに時間がかかる傾向にあるとされています。よってフレイルの程度は病気全般に対する抵抗力(予備力)の指標とも言えます。

 

みなさんもご存知の通り日本は世界で最も平均寿命が長い国の一つですし、日本社会は超高齢化社会です。
平均寿命が長くなったということは医学の進歩の結果でとても良いことですが、超高齢化社会においては健康で自立した生活が可能な年齢である「健康寿命」がより重要視されています。平均健康寿命が短く平均寿命と健康寿命の差が大きいということは要介護状態の方の割合が多いということを意味します。
フレイルは健康寿命を短くする要因であるため、フレイルの程度の進行を予防するもしくは緩やかにすることは健康寿命を延長することが出来ます。

「フレイル」が「虚弱」「未病」と同じ意味であると考えると、当初「フレイル」は身体的な衰えに対して用いることが多かったのですが、精神的な衰え、社会とのつながりの衰えに対しても用いられるようになっています。よって現在は「フレイル」は身体的フレイル、精神的フレイル、社会的フレイルの三要素がありこれらが単独もしくは複数関連することで高齢者の自立した日常生活を阻害するとされます。
精神的フレイルには軽度認知障害 (MCI)、初期の認知症、老人性抑うつ状態などが含まれ、社会的フレイルには孤立、貧困が含まれます。


■「サルコペニア」ってなに?

サルコペニアとは、筋肉を意味する「サルコ」と減少を意味する「ペニア」を組み合わせた言葉で、「筋肉量の減少およびそれに伴う筋力減少」を意味します。

サルコペニアはフレイルのうち身体的フレイル進行の主要因となります。
人の全身筋肉量は40歳代頃から徐々に減少し、高齢となるほど顕著となっていきます。身体活動の低下や低栄養が加わることでさらに拍車がかかります。
ご高齢の方で筋肉量が減少すると少しの段差でつまずいて転倒して股関節の骨や“せぼね”の骨を骨折してしまい要介護状態の要因となります。歩行速度の低下、握力の低下はサルコペニアの簡易的な指標とされています。

また、特殊なレントゲン検査(二重エネルギーX線吸収測定法:DXA [デキサ])や微量な電気を全身に流してその抵抗値の測定を行うこと(生体電気インピーダンス分析法)で全身の筋肉量を測定することもできます。
最近の研究では、他のご病気の検査のために行った腹部、腰部CTやMRI検査画像で腸腰筋(股関節を曲げる筋肉)や多裂筋(せぼねを支える筋肉の一つ)の断面積が全身の筋肉量を反映するとの報告があります。

下の画像(図1)は当院で腰ぼねの手術を行う前に撮影したMRI断面写真です。
左右いずれも60歳代の患者さんですが、赤色で塗った腸腰筋の面積が左の患者さんに比べて右の患者さんで狭いことが一目でわかると思います。右の患者さんは左の患者さんに比べてサルコペニアが進行している状態ということが言えます。

図1

ご高齢であってもサルコペニア進行の予防(筋肉量を維持)だけではなく筋肉量を回復することは可能とされています。
そのためには筋力トレーニングとバランスの取れた食事を意識すること、特にタンパク質を意識した食事が重要とされています。

ここで言う筋力トレーニングはいわゆる強い負荷をかける筋力トレーニングをしなければいけないと言う意味ではなく、家事で体を動かす、ウォーキング、軽い負荷をかけるトレーニングなど習慣づけられた運動も十分にサルコペニアの進行を予防するとされます。

■“せぼね”の手術とフレイル・サルコペニアの関連性

先ほども述べたように、フレイル・サルコペニアの患者さんはいろいろな病気にかかった際の予備能力が落ちているため、回復に時間がかかる傾向にあります。

お体に負担を強いる手術からの回復についても同じことが言えます。
実際、フレイル・サルコペニアの患者さんでは術後の入院期間が長くなったり、退院された後に再入院される可能性が高くなったり、手術されたご病気そのものの予後(手術の結果)が悪いことが全身のさまざまな手術で証明されています。
驚くべきことに多くの報告では、フレイル・サルコペニアの程度は、患者さんの年齢よりも強く術後経過に影響を及ぼすとされています。

“せぼね”の病気についてもその発症にフレイル・サルコペニアが関わっているだけではなく、他の手術の場合と同じようにフレイル・サルコペニアの患者さんでは手術の後の経過が悪い傾向にあることが報告されています。”せぼね“の病気の多くは経年劣化に伴うものが多く、ご高齢となればなるほどご病気を持つ可能性が高くなる病気ですので、ご高齢の患者さんに手術を受けていただくことが多くなります。高年齢であることは若年齢に比べると手術のリスクが上がることは否めませんが、高年齢であってもフレイル・サルコペニアの程度が高くなければより安全に手術を受けていただくことができ、より症状の改善が見込めることとなります。

図2

図1左の患者さん (腸腰筋筋肉量が保たれている患者さん)の手術前後のMRI画像
術後長期間経過しても手術部(丸印)の腰ぼねの並びはたもたれています (矢印)

図1右の患者さん (腸腰筋筋肉量が減少している患者さん)の手術前後のMRI画像
術後長期間経過後、手術部(丸印) の腰ぼねが前方へすべってきています (矢印)

最近私たちは、当院で腰部脊柱管狭窄症の手術(顕微鏡的脊柱管拡大術)を行わせていただいた95人の患者さんの術後長期間経過後(5年以上経過後)の画像検査の検討から、術前の腸腰筋面積すなわち全身サルコペニアの程度が術後長期間経過後の“腰椎すべり”の進行に影響を及ぼすことを明らかにしました (図2)。腰部脊柱管狭窄症術後の腰椎のすべりは術後症状の再燃や再手術の要因となることから、今回の検討の結果はサルコペニアが腰椎手術後経過に悪影響を及ぼしている可能性の一つを示していると思います。

フレイル・サルコペニアが進行していると“せぼね”の手術を受けられる際には、術後経過が良くなかったり、回復まで時間がかかり結果として自宅退院までの時間が長くなったりする可能性が高くなります。
逆に言うと日頃からの運動習慣、タンパク質摂取を意識した食事摂取などを心がけサルコペニアになることを予防することが、万が一“せぼね”の手術を受けなければならなくなった場合にも、より安全でより確実な症状回復を可能とするといえると思います。

 

脳神経外科 池田 直廉

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