21.神経内視鏡手術、低侵襲手術についてあれこれ

脳神経外科の手術はこれまで顕微鏡を用いて行われてきましたが、最近は内視鏡をもちいた手術も一般的になってきました。当科の神経内視鏡センター長の池田 直廉医師に解説してもらいます。

脳神経外科でも行われるようになった内視鏡手術

みなさんは「脳神経外科の手術」というとどのような手術を思い浮かべますか?

多くの方は頭を大きく切開して、頭蓋骨を開けて脳にできた腫瘍を取り除いたり、血管の病気を処置したりする手術と思われていると思います。脳の血管の病気に対しては、足の付け根や腕の血管からいれたカテーテルを脳の血管まで通していって細くなった血管を拡げたり動脈瘤や脳動静脈奇形などにコイルや医療用液体接着剤を詰めたりして治療する脳血管内治療が行われていることをご存じの方もおられるでしょう。しかし、脳神経外科手術で内視鏡手術を第一に思い浮かべる方はとても少ないと思います。

胃腸や肝臓・胆嚢の手術、肺の手術では内視鏡である腹腔鏡や胸腔鏡を使った手術は古くから行われ、現在では大きくお腹や胸を切り開く開腹手術、開胸手術に替わって主流となっています。産婦人科、泌尿器科の手術でも内視鏡を用いた手術が主流となっていますが、さらに発展してロボットアームを通して手術操作を行うロボット支援手術に発展して一般的となりつつあります。

一方、脳神経外科手術は、消化器外科、胸部外科など他の科の手術とは異なり、顕微鏡を使って拡大した術野を観察して専用の手術器具を用いて細かい操作を行う顕微鏡手術を中心に発展してきました。顕微鏡を通して観察した術野は十分に拡大されており、非常にきれいに観察できることや、内視鏡を設置したり内視鏡操作するための空間を作ったりすることが難しいことから、その導入は他の科の手術に比べて遅れをとってきました。実際、私が医師になった約20年前は内視鏡画像はあまりきれいではなく、「本当に見にくいなー。こんなんやったら顕微鏡で手術するほうがよっぽど良いわ。」と思っていましたし、脳神経外科では実際内視鏡を用いた手術はほとんど行われていませんでした。

しかし、その後家庭用テレビの解像度がハイビジョン→フルハイビジョン→4Kと進化して画質がきれいになってきたように、内視鏡画像の画質も進化しました。モニター画質の変化とともに、顕微鏡をとおしたきれいな術野に慣れ親しんだ脳神経外科医にとってもそれに引けを取らない内視鏡画像に違和感がなくなってきました。また、同時に内視鏡下脳神経外科手術専用器具の開発も進み徐々に脳神経外科でも内視鏡を用いた手術が広がっていき、「神経内視鏡手術」といわれるようになりました。現在では脳神経外科手術でも神経内視鏡手術が第一選択となっている術式も増えるようになってきました。

 

内視鏡手術の良いところ

どの科の手術でも共通することですが、内視鏡手術の最も良いところは良く見える事です。目的の腫瘍や血管、神経に内視鏡で近づいて拡大して観察することが出来るので、この組織に切り込んでよいのか、はがしても良いのかなどを判断しやすくなります。下の写真は下垂体腺腫という脳腫瘍に対して鼻を通して腫瘍を摘出しているところです。左側が顕微鏡での手術をしていた頃の術中写真、右側が最近行った内視鏡を用いた手術の術中写真です。術野の見えやすさの違いは一目瞭然です。

いずれも私が行った手術ですが、あらためて顕微鏡を用いた手術の術中写真を見直すと、われながら「よくこのような暗い、見えにくい状態で手術をしていたな」と思います。

内視鏡手術のもう一つの良いところは、内視鏡と手術道具が入る傷口があれば手術ができるため、傷口や頭を開ける(開頭)範囲を小さくすることが出来る事です。傷口や開頭が小さくなれば患者さんへの手術の負担(侵襲)が小さくなる事が多いため、脳神経外科における内視鏡手術は「低侵襲手術」の代表といえるでしょう。

 

神経内視鏡手術は本当に体に負担が少ないの?

先ほどもお話しした通り、神経内視鏡手術は傷口や開頭範囲を小さくすることが出来るため、間違いなく患者さんにとって体への負担の少ない「低侵襲」な手術だと思います。注意が必要なのは、内視鏡手術は顕微鏡を用いた手術とは器具の操作性などがまったく異なることから、神経内視鏡下操作に熟練した医師により手術が行われることが大変重要です。

さて、「低侵襲」とはどういうことでしょうか?「傷口が何センチ小さくなったから低侵襲な手術になりました。」ということをときどき耳にします。確かに20cmの傷が3cmになったのならそれは「低侵襲」になったと言えるかもしれませんが、6cmの傷が3cmになったからといってそれは本当に「低侵襲」になったといえるのでしょうか?個人的な意見ですが、「傷を小さくすること」=「低侵襲」ではないと思います。また、「内視鏡手術は「低侵襲」なんだから何でもかんでも内視鏡でやる方が良いですよ。」というのは間違いだと思っています。つまり、無理して神経内視鏡手術を行うために傷口を小さくしたり開頭範囲を小さくしたりすることは、かえって無理な操作が必要になってしまって正常組織を傷つけたり、腫瘍を取り残したりする可能性を高めてしまいます。結果として傷口や開頭範囲は小さいけど合併症を引き起こしてしまう「高侵襲」な手術となってしまいます。

通常神経内視鏡手術が第一選択とされているご病気でも、ご病気の伸展範囲や病気の種類によって開頭して顕微鏡手術を行った方が結果として「低侵襲」と考えられる場合は、内視鏡を用いた手術は行わず開頭手術を行う場合もあります。

当院では「チーム脳外」全員でどちらの手術がより患者さんにとって「本当の意味で」低侵襲かを十分に検討を行ったうえで、手術方法を決定しています。次回は神経内視鏡手術の適応になることが多い病気や手術の方法の詳細についてもご紹介したいと思います。

 

神経内視鏡センター長 池田 直廉

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