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たけだ通信 No.111(3月発行)

武田病院グループ専務理事 武田隆司

玉石混淆

photo_senmu.jpg【エッセー】
武田病院グループ 専務理事
医療法人財団 康生会 理事長
 武田 隆司

■玉石混淆

昨年末に突然「WELQ(ウェルク)」なるサイトが話題になった。
ネットオークション・ショッピングサイト・モバイルゲームなどで躍進し、会社設立後わずか十数年でプロ野球球団の横浜ベイスターズを買収するまでに成長した新進気鋭のDeNAが運営するサイトだ。

個人的には聞いたこともないサイトだったので調べてみると、健康や医療についてまとめる、所謂「キュレーションメディア」に属するものであった。

「キュレーションメディア」とは、美術館や博物館を企画するキュレーターから派生した造語で、膨大なインターネット情報の中から必要な情報を正確に引用して分かりやすくまとめたものを指す。

私もこうしたサイトはたまに覗くのだが、こと「健康や医療」についてはほぼ信用していないので出会う機会がなかったようだ。

騒動のきっかけは、「死にたい」というワードをGoogle検索すると、なぜか常にトップ表示されるのがWELQであることが10月に報道されたことに端を発する。

もちろん自殺の予防に本気で取り組んでいる団体は沢山あるので、それが有意義なものならば問題はない。
(そうした努力の甲斐もあってか、日本の年間自殺者数は2003年の3万4千人をピークに年々減少しており2012年以後は3万人を下回っている。2016年は過去最低水準の2万1764人であった。)

しかしながらこのサイトでは「死にたいと思った時に試してほしい7つの対処法」という記事から進んで行くと、いつの間にか転職サイトのアフィリエイト広告に入ってしまう手法が取られていた。

アフィリエイト広告による報酬の仕組みは、ネット記事から誘導した広告へのクリック数に応じて誘導元に報酬が支払われるというものだ。

「PPAP」のピコ太郎が大儲けしているという噂は、YouTubeからのアフィリエイト広告収入から推測されるものである。

これは「検索エンジン対策(SEO)の悪用ではないか?」という議論が沸き立った結果、12月7日にDeNAは記者会見を開きWELQを非公開(実質閉鎖)とする運びになった。

また、他の記事の内容もおよそ「健康や医療」について深く考えるものではなく、「どこぞのラーメンで風邪が治る」とか「肩凝りは幽霊のせいだ」などよくもまぁという内容が多かったようだ。
「水素水」「ホメオパシー」なども、ご多分に洩れず特集されていたと聞く。

余談だが、大ヒットしているグルコサミンやコンドロイチンなどのサプリメントは、消化管で吸収される際に糖とアミノ酸に分解される。
それが関節軟骨の辺りで急に思い出して元のグルコサミンやコンドロイチンに戻るということはあり得ない。ただしプラセボ効果は期待できるので、効果があると思う方はお続けください。

どんどん話が脱線して申し訳ないが、サプリメントや化粧品の広告には薬事法に触れてはいけないという大原則があり、一定のガイドラインが設けられている。
ざっくり言うと「疾病治療や予防」を謳うことは違反だが、「健康や美容の維持・増進」ならばまぁOKという感じだ。

そういう観点でCM を見てみると、具体的な効用には触れずに「程良い軽めの脅迫文句」を含んでいる点が共通項であることに気づいてなかなか面白い。水素水に関しては、私は最初からただの水としか思えなかったのだが、販売シェアトップの「伊藤園」も疑惑に関する取材を受けて正直に答えている。
それによると「水素水とは水素分子が溶け込んだ水のことであり、水素は開封と同時に空気中に抜けていく。従ってこれは健康効果を標榜するものではなく水分補給の選択肢として販売している」というものだ。
わかりやすく言えば「高価だけど普通の水ですよ」という意味だ。
ただしこちらもプラセボ効果は期待できるし、もちろんただの水なので身体には益もないが害もない。
水素水のブームに関しては、なぜか讃称する女性芸能人が多かったのが要因なのだろう。
(極め付けは派手婚の引き出物だが)

ところで今回の騒動はどこに問題があったのだろうか?
まず先述したようにキュレーションメディアの目的は、読む側に「本来は難解な情報」を噛み砕いて分かりやすく伝えるというものである。
しかしながら「肩こりは幽霊のせい」という話題一つを見ても、記事の担当者が真剣な思いでこれに向き合っているとは到底考えられない。

特に医療に関する情報は繊細であらねばならない。
本来、体験談を除けば医療情報を発信する側は医療者あるいは医療教育を学んだ者などに限定すべきで、自己の発言(記事)には責任を持たねばならず、当然匿名投稿をして良い分野ではない。

キュレーションという文化の普及には様々なメリットがあるが、こうした最低限のルールを無邪気に飛び超えるキッカケとなったことは残念ながら事実だろう。

これは何もWeb内だけの出来事ではない。
最近急増している週刊誌の「健診を受けてはいけない」「飲んでいる薬はすぐ捨てなさい」など、あたかも医療は百害あって一利なしという印象を植え付ける記事は、インパクトがあるのでしばしば使われているが、余りにくどくて目に余る。
小泉政権が医療費抑制に邁進した頃と同じ手法であり、医療崩壊という悪夢再現への序章とならないことを祈るばかりだ。

そもそも、本当に健診を受けなかったために本来は防げたはずの病状が気づいた時には既に進行していた場合。
本当に薬を捨ててしまって取り返しのつかないことになった場合。
記事を書いた人は責任を取る覚悟があるのだろうか?
そんなはずはない。

今回の騒動で肝に銘じなければいけないことは、Web内の情報とは実に玉石混淆であるということだ。

アメリカではこうした問題に対処すべくHON(Health On Net Foundation)コードというガイドラインが制作され、この認証を受けたサイトこそが信憑性の高い健康・医療情報を発信するサイトであるというコンセンサスが得られている。
内容は割愛するが、今回の騒動を鑑みるに非常に感銘を受ける内容であり是非日本でも導入されることを望む。

インターネットの普及は、私達に情報の無料化という素晴らしい恩恵を享受させてくれた。

ただし、その恩恵の引き換えが思考力の低下ということにならないように常に注意が必要だ。

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