武田病院グループ:保険・医療・福祉のトータルケアを提供する京都の病院

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たけだ通信 No.90 (11月発行)

武田病院グループ専務理事 武田隆司

SiCKO!

photo_senmu.jpg【エッセー】
武田病院グループ 専務理事
康生会武田病院 理事長・院長
 武田 隆司

■SiCKO!

のっけから申し訳ないが、このコラム今回は期待しないで欲しい。
...あ、端から誰も期待してませんね。
失礼しました。

実は「北京五輪開催に潜在するチャイナリスク」についてのコラムを書いてみたのだが、読み直すとあまりに凄惨な内容で、健康情報誌の側面も持ち合わせる当誌にはふさわしくないと判断してお蔵入りにしてしまった。
しかも〆切までの日が無いとなれば、必然的にやっつけ仕事となり内容の薄さも仕方ないというものだ。
...開き直り?
えぇ、そうですね。

先日、医療費の全額に保険が適用されないのは違法として、腎臓がんの男性が「保険適用の確認」を求めた訴訟の判決が東京地裁で行われた。
裁判長は「保険が適用されない法的な根拠はない」と述べ、男性の請求を認めた。
混合診療の保険適用を容認する司法判断は初めてのことだ。
判断の根拠は以下の2点。

「保険診療に、それ以外の診療を併用した場合、保険が適用されなくなると解釈できる根拠はおよそ見いだせない」
「受けた診療に保険が適用されるかどうかについては、併用した診療すべてを一体として判断するのではなく、個別の診療ごとに判断すべき」

おっしゃることはごもっとも...のような気もするよなしないよな...。

現在、保険制度の中で認められている混合診療(特定療養費)は以下の2つのみ。

(1)新しく高度な診断や治療で、かつ普及度が低い医療技術である「高度先進医療」
(2)入院時の個室や予約診察など、患者さんの快適性に関わる「選定療養」

このうち、差額ベッドなどの快適性に関するものは、そもそも診療行為ではないので、その部分で患者さんから費用を徴収しても混合診療には該当しないのは当然だろう。

余談だが、診療行為には食事療法も入るので、厳密にはお見舞いで差し入れに貰ったお寿司やケーキをパクパク食べてしまうと混合診療になる可能性もある...って知ってました?

今回の裁判では保険適用外の「活性化自己リンパ球移入療法」を併合して受けた男性が、インターフェロン治療まで自己負担とされたのは不当として、インターフェロン治療に対する保険適用を求めたというものであった。

私見では「活性化自己リンパ球移入療法」は当グループの免疫・遺伝子クリニックでも行っており多くの患者さんの治療に役立っているので、「高度先進医療」の範疇に属するとは思う。

しかし、そもそも日本の皆保険制度の根幹は、「医療は国民の生命や健康をより高いレベルで守るという公共的使命を強く持つものであり、全ての国民は公平・平等により良い医療を受けられる環境でなければならない」という考えの上に立脚している。

であるならば、高度先進医療のように有効性が認められるものは、全て保険適用するのが本来の姿であり、より多くの患者さんが高度な医療を保険で受けられるようにすべきであろう。

故に高度先進医療が混合診療に属するという珍妙な現状は医療費の抑制目的以外に説明がつかない。
しかし社会保障を充実させることは、国の社会的使命であることが日本国憲法にも規定されている。
国が果たすべき責任を放棄し、収入格差で健康や生命が左右されるような社会であってはならない。

健康保険範囲内の医療では満足できず、更にお金を出して違う医療を受けたいという方は確かにいるだろう。

しかし日本の医療制度は、良くも悪くも社会主義で成り立っている。
ここに資本主義的な考えを導入すると、根本から制度は崩れ去ることになる。

具体的には医療費抑制を第一課題にしている政府は、混合診療を認めることによって、現在の保険給付範囲を狭め、「保険外診療」を増やす方向に動くのは目に見えている。

ところで、小泉政権時代の規制改革・民間開放推進会議は混合診療解禁について非常に精力的に動いた。
議長を務めたのは、宮内義彦オリックスCEOであった。
ご存知のようにオリックスグループは、傘下に生命保険会社を抱えている。利益誘導などの非難が高まるや否やスッと表舞台から去ってしまったのは記憶に新しい所だ。
しかしいくら何でも、オリックスやセ○ムが小泉元首相(もう先々代ですか...)に取り入っただけで、あれほどの大きな動きはあり得なかったような気がする...。

米国医療保険最大手のウェルポイント社は、年間売り上げが6兆7000億円に達している。
これはペプシやゼロックスなどの米国大企業を上回る数字だ。
米国内医療保険加入者の実に9人に1人がウェルポイント社のプランに加入している計算になる。
同社は2000年以後、年平均37%の増収を記録し、利益は年55%の急成長を続けている。
ちなみに46歳の女性CEOアンジェラ・ブレイリーは年棒3億円に加え41万株のストックオプション(時価約190億円?!)を保有しているとのことだ。

「シッコ(SiCKO)」という映画をご存知だろうか?
サブタイトルは「テロより怖い医療問題」。

奇才マイケル・ムーア監督がアメリカの医療制度問題をWEBサイトで募り、実際に寄せられた話をもとにドキュメンタリー展開し、事実上崩壊に瀕している今の米国医療制度を他国と対比していく映画だ。

日本のような皆保険制度を有さない米国では、医療保険未加入者が約5000万人に達しており、また保険に加入していても、あらゆる手段を講じて保険金の支払拒否を行うことによってウェルポイント社のような医療保険会社は空前の利益を上げ続けている。

彼ら業界と政治家との癒着は非常に強い。

かつて民主党のヒラリー・クリントン議員はファーストレディとしての立場から公的医療皆保険制度の整備を求め、議会の猛反対により頓挫したことがある。

米国こそがグローバルスタンダードだと信じて取り入っていた小泉首相が、米国のご機嫌を取るために医療保険という市場を差し出したのが規制改革・民間開放推進会議における混合診療解禁論の始まりだとするならば、そしてその準備段階として現在の医療費削減や医療崩壊を引き起こしているのだとするならば...それは売国行為と言って良いだろう。

そこまでは言い過ぎとしても、少なくとも混合診療を推進していこうとする経済界と政界からの強い圧力が冒頭の司法判断に繋がったと考えるのは特に異論の無いところだろう。

現時点で仮にも世界第2位の経済大国(非常に現実味が無く、算定方法も相当なムリがあるのは重々承知しています...)と言われている日本の市場開放を迫る大国から国民の健康を守り抜く勇気があるのか?

新内閣のお手並み拝見だ。

...まとまった。

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