看護師と共に写経・法話体験に参加して 糖尿病センター部長 西野 和義

糖尿病センター部長 西野 和義

 看護部主催の大覚寺の写経があると聞いたとき、自分も行ってみたくなった。
以前から写経自体には個人的に興味をもっていたことや、病院業務や診療に精神的疲れを感じていたこともあり、写経を経験することが心の洗濯になるかもしれないと思ったのが理由である。

大覚寺というとよく時代劇のロケに使われる境内が有名である。私は大覚寺に行くのは初めてであった。行く前は、延暦寺や永平寺のような大規模な門構えや華やかな参道を思い描いていたが、実際に訪ねてみると、予想に反してこじんまりとした普通の寺社と変わらない佇まいであった。でも、そんな中でも普通の門前とはどこか違う貫禄のある趣を感じられるのはさすがであった。

 お寺の中に入ると、まず庭湖館に用意された席に座り、お茶と茶菓子をいただきながら、
教務部長から大覚寺の沿革や活動内容について説明を受けた。話しぶりはやはり有名なお寺の僧侶だけあって、落ち着きのなかに説得力を感じさせるものであった。そのあと、御影堂に移っていよいよ写経に取り掛かった。参加する前は、写経というと畳に正坐して悠然と硯を擦り、心を落ち着かせながらおもむろにとりかかるものと予想していたが、実際にはパイプ椅子に座って机に向かい、年賀状を書くときに使用するのと同じような筆ペンを使用するのであり、しかも、写経をする台紙にはその上をなぞればよいようにカンニング用の文字が薄く印刷されているのであった。何か事務的無機的で拍子ぬけするようで興ざめがした。もう少し、仏教の教えを体得する一つの方法としての写経であることを実感できるような厳かさが欲しかった。

看護師と共に写経・法話体験に参加して イメージ
※画像はイメージです

 でも、いざ写経が始まると、最初はいろいろな雑念が頭をよぎり、上に述べたような不満でいっぱいだった心から次第に潮が引くようにそれらは消えていき、いつの間にか一心不乱に写経に集中している自分がいた。経文は有名な般若心経であったが、ところどころに意味のよくわからない個所があった。しかし、意味不明でも、経文そのものにこの生身の体と精神が触れていて、そのありがたい不可思議な力で自分の心が洗われている気がするのであった。これが写経の威力であり、醍醐味なのであろう。これを何度も繰り返していけば、世俗に汚された自分の心はだんだん美しくなっていき、実際の臨床での業務にいい影響をいただけるものという気がした。


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 できれば、今度は写経を本来の姿で経験してみたいと思う。時間を気にすることなく、正坐してゆったりと硯で墨をすることから始めて、経文の意味を考えながら、心ゆくまで納得のいくまでじっくりと経文を写してみたい。


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1~3年目研修『大覚寺での研修』

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