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ごあいさつ

就任のご挨拶
宮津康生会 宮津武田病院 院長 辻 俊三

新宮津武田病院は既報(たけだ通信No85 Feb・2006 P08)のごとく、平成18年(2006)2月から、とくに正式病院名としての医療法人財団 宮津康生会 宮津武田病院は実質平成18年4月から前医療法人財団 太田会 太田病院(京都府宮津市字鶴賀)の業務が武田病院グループに継承され、参画させて頂くことになりました。私が初代病院長を仰せつかることになり、一言ご挨拶を申し上げます。
前太田病院は昭和3年(1928)の誕生と共に(初代院長 故太田典禮博士・不妊リング「太田リング」の発明者 日本尊厳死協会設立者)幾多の苦難、変遷を重ねて、現在地に構えて36年の年月を経てきました。主として産婦人科を中心として、後に小児科、内科、外科等の診療科を併設し、宮津市唯一の入院施設をもつ私立病院として今日まで地域医療に貢献してきました。
しかし、ここ10数年間、少子高齢化社会の急速な進展と政府厚生労働省の打ち出す中小病院への医療対策の変化と共に、その経営観点から病院運営の変化、更には平成16年(2004)に医学部新卒研修制度の導入によって大学医局による医師派遣制度の崩壊が始まったことなどから、中小病院、とくに僻地にある病院にとっては経営的にも大きな変革の時に、当病院も直面し、民事再生への道を進まざるをえなくなり、ここに病院経営では最も活発に医療事業を推進されておられる武田病院グループに再建をお願いすることになった次第であります。
新宮津武田病院では、施設は勿論、医師を初め医療職員全員が新病院へ移りますが、収支バランスの改善を最重要課題と考え、職員一人一人にかなりの意識改革が必要と思っております。
まず、前記しました様に、医師の補充のない外科等の人員に関して1日も早く充足できることを願っております。十分なお知恵をお持ちの武田病院グループからのご指導とご鞭撻を賜りながら、ご期待にそえる日が遠からず来ることを念願している次第であります。
さて、私は昭和32年(1957)に京都府立医科大学医学部を卒業し、インターン1年後の昭和33年(1958)、京都府立医科大学第3内科(故増田正典教授)に入局し、胃内視鏡研究班(当時は胃カメラと称す)にて、早期胃癌の研究に従事し、今日も引続き、週2回施行しています。一方、肝臓病に関しても、臨床研究に多くの患者様のために努力している昨今であります。この肝臓病への関わりは腹腔鏡検査に端を発して、昭和39年(1964)の米国留学時代、ボスのファイバースコープの創始者ハーショウィツ教授の希望にて「MHVによる肝炎ウイルスの研究」(NIHフェロー5年間)に手を染めた結果、昭和43年(1968)サイエンスに発表できたことが、肝炎の臨床研究へと今日まで続いています。
最後に、政府厚生労働省が打ち出す医療環境は中小病院にとっては決して生やさしいものではありませんが、これにすぐさま対応できる体制づくりに職員一人一人が順応し、当院が目指す指標「患者様のニーズに的確に応える安心で、やさしい医療提供」の実現に向けて、ソフト面(医療従事者の充足)、ハード面(医療機器の設備など)にも目を向けて、いつでもどんな場合でも治療・看護を必要とする人々を、宮津市唯一の中核病院として住民皆様の健康管理に貢献し、努力し続けて参りたいと考えています。このことによって、地域の皆様に親しまれ、末永く歩んで行ける武田病院グループの一員として、新宮津武田病院の将来を祈念しております。どうか、武田病院グループの皆様方一人一人のお力添えを切にお願いする次第でございます。

■辻 俊三
昭和32年3月 京都府立医科大学卒
昭和39年2月 アラバマ大学医学部
昭和43年10月 エジンバラ大学医学部

昭和32年4月 京都第一赤十字病院
昭和46年4月 京都府立与謝の海病院
平成9年4月 医療法人財団太田会 太田病院 院長
平成18年4月 医療法人財団 宮津康生会 宮津武田病院 院長

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