| 最初に断っておくが今回のこのコラムは珍しく真面目だ。
というのもちょっと怒っていてあまりふざけた文面ではこの感情が伝わらないからだ。
でも日常ではいつものように穏やかだし、これを書いている今も眉間にしわを寄せているわけではないから安心して声をかけてください。
今年2月、唐突に療養病床の削減が決まった。
内訳は38万床のうち23万床を6年間で削減するというものだ。これにより2015年度で1兆円の医療費を抑制できるらしい。
更に介護保険の療養病床は廃止。
コンセプトは社会的入院を悪と捉え、これを是正することで「医療者側の」不当な収入を抑え医療費を削減する、のだそうだ。
政府広報御用達のN経新聞にも日曜日になるとよく載ってるから皆さんもご存知のことと思う。
めでたしめでたし…ってんなわけない!
まず、医療費の増大こそが日本の赤字経済の元凶だという作為的情報が垂れ流され続けているが、医療費に関する政府予測は過去から現在までことごとく外れている。
医療費増大問題自体が「恐ろしい日本の未来をつくり上げる」というシナリオでスケープゴートの役割を押し付けられることに対しては我々医療関係者は本当に傷悴しきっている。
先日のシンポジウムで慶応大学・田中滋教授らにより発表された報告では「1997年度からの6年間で国民医療費総計は9%増、年平均では1.45%増。65歳未満の医療費総計は1.6%増、年平均0.27%増であり実際にはほとんど増えていない。」とのことだ。
まぁ愚痴を言い始めるとキリがないのでやめておくが…
気を取り直して話を戻そう。
厚生労働省調査によると、療養病床に入院する患者のうち約半分は医師の対応が必要ないとのこと。
確かに事実だ。
しかし、現場を見れば誰でもわかることだが特別養護老人ホームや老健施設に入所されている高齢者はいつ何時でも容態が急変する危険をはらんでいる。
病院入院中は症状が安定している方でも、経管栄養による栄養管理や痴呆、褥創など、看護と介護の中間的なサポートを受けている方は多く、施設側も安易に入所に応じられないのが現実だ。
今現在でもすでに長期の入居待ちが続いている介護施設は補助金削減の方向が決まっており、増設の見込みはほぼ無い。
今後は団塊の世代が高齢者に仲間入りすることも踏まえて冷静に考えると、実際は23万床減少以上のショックがこれからの高齢者には待ち受けていると言わざるを得ない。では23万人(以上)の高齢者はどうなるのか?というと…「これから検討する」とのこと…。
おそらく政府官僚の考えは大筋決まっていて「家族ぐらい自分の家で世話しろよなー」ということだろう。
しかし一部の投資集団や政治を取り巻く企業にとってはこの世の春なのだが、よく言われているように日本の社会構造の二極化は着実に進んでいる。
今後はインフレや年金問題、消費税を含む増税も確実視されており、好きで共働きをしている家庭ばかりではなく、どうしてもお年寄りの介護に手をかけられないから長期入院を選択するしかない方々も少なくないのは事実なのだ。
私が近年の政治を見ていて非常に違和感を感じるのは、公共の利益と企業(組織、団体等)の利益を同じ尺度で捉えている点だ。
マネジメントの父、P・F・ドラッカー氏の言葉を借りれば「公的機関も企業と同じようにマネジメントすれば成果をあげられるとくどいほど言われてきたが、間違いである。公的機関に欠けているものは、成果であって効率ではない」という点に認識のズレが生じているのだろう。
端的に言うと公的機関と企業の基本的な違いは、支払いの受け方にある。予算から支払いを受けるという性質が、成果と業績の意味をガラリと変える。
企業は成果に対して支払いを受けており、陳腐化したものは顧客によって自然と葬られる。
予算型組織はそのようなテストを受けない。
従って残念なことだが予算型組織内における成果とは、より多くの予算獲得であり、業績とは予算を維持ないし増加させることを指すことになる。
公的機関が様々な「既得権」という中毒を断つことなく「予算」という抑えきれない食欲を満たそうとした場合、その歪みは当然弱者に跳ね返る。
その時、本来の「成果」という言葉の持つ意味、すなわち市場や社会への貢献は二義的なものとなる。それが今の日本だ。
企業における「益」は、あくまでBenefit(利益)である。
対して公共において求められる「益」はWelfare(福祉)の意味が大きい。
だからこそ公共機関は、例え非効率であっても存在する意義があるのだ。
医療分野に限っていえば、採算度外視の公務員待遇に準じて有資格者を手当たりしだい集めてしか取れないような施設基準(看護基準や専従者配置など)を作ってまで公立病院のステイタスを上げるのが公の仕事ではないし、病床過剰地域に負債を増やし続ける公立病院を乱立させる意義は全く無い。
今、政府の提言している医療計画がいつものように朝令暮改のものではないのだとすれば、細かなことはさておき本当に着手すべきは、「特殊症例を扱う大学病院を除く病床過剰地域の赤字公立病院の解散(存続の場合は各種優遇の排除、初期投資相当額の国・地方への返還)」、「公費によるへき地医療の充実、高齢者・長期入院患者の受け入れ施設増設」に尽きると思う。
元経済学教授の優秀な大臣がP・F・ドラッカーを熟知していないはずはないのだが、先人賢者が「間違い」と断言した方向に進むのはよろしくない。
福祉に対してはあくまで厳しい姿勢を固める一方で、1日開催するのに数億円はかかるといわれている国会をナメクジのような答弁で終始しても誰にもとがめられない不思議の国ニッポン。
強気を助け弱きを挫く国ニッポン…創国を夢見て維新に命を懸けた志士達は今何を想うのだろう。
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